昨年からはじめていたtwitterを もとに 2011年2月 blogに展開しました


 


2024-05-11

5/11貞光能舞台で桂あさ吉落語会

 お江戸日本橋で 桂あさ吉の登場 桂あさ吉内弟子日記
の読み上げの完了を記念しての落語会です
内弟子日記にはたくさんの付箋がつけられている
読み上げは 2021年5月にはじまり2024年の5月で終わっている
Spotifyで 読むことができる
内弟子修行の 一年目は 桂八十八さんと二人
二年目は 一人
三年目は 桂吉弥さんと二人 
そして 三年間をとおして愛すべき悪党の桂よね吉さんが 色をそえる

桂米團治は たっぷりと七段目だったが それより 六代目松鶴との最期のやりとり「あとたのむ」のような桂米朝の話しがききたかったのだが・・

柳田格之進は 格之進の娘がどうなったのか 桂あさ吉がどう扱うかに 興味があったが 終盤途中で切り上げて 踊りの「やりさび」にはいって 終わってしまった 

米朝よもやま噺(ABCラジオ 2009年から 2013年9月)を一生懸命聞いていた 米朝の人となりに興味をもっていた 学者のように語られるが もっと身近な人のように感じていた 米朝よもやま噺の終盤 米朝の言葉が徐々に少なくなって 市川寿憲(いちかわとしのり)の話ばかりになっても米朝は出演していた 朝丸の皮膚病の薬 朝丸がお手伝いともめた結末 内弟子日記にあった 「弟子にも肉のこしとけ・・」の行(くだり) 割り切りやきりかえの鮮やかさ・・・






2024-04-15

4/14 和み亭二人会その壱 新宮亭当り目 顔見亭馬久松 二人会








 2024シリーズが始まった「和み亭二人会」 私は 今年で三年目の参加になる


アマチアの落語は バランスが悪くどこか崩れたところがあり 世情で人気実力ともに評価の高いの風間杜夫を筆頭に今まで敬遠していたのですが 
今回のこのシリーズ 新宮亭当り目さんは 別格で 素直に受け入れることができます.......年々楽しみな存在になってきています


















オープニングトークで かの素人名人会で 名人賞をとった話がでました 審査員は桂小文枝四代目 司会は 西川きよしだったそうです

今回の「お楽しみ」は 圧巻でした 「らくだ」だったのです 六代目松鶴の雰囲気でとうとうと展開させてました 見事としか言いようがない

ちょうど中入りのとき タイミングよく 生田神社祭礼 神輿が 和み亭の前を通過しました わが町須磨と違い さすがに新開地 参加者の衣装も艶やか 大人から子供まで 総出の祭りでした






2024-04-01

表紙を更新しました

 喫茶エデンとは・・・













喫茶エデンの創業は1948年だそうです 現在の二代目オーナーとは むかし職場が同じだったことがあったことが そのなれ初めになります 創業者とは残念ながら面識はありません ちなみに 私は1947年に生まれていますので すこし縁を感じており エデンのたたずまいには なにかしら懐かしさをいつも感じています
今は須磨区横尾ですが 子どものころは 神戸市東灘区/旧本山村 その時は せいぜい三宮駅前の中華の太平閣までが限界で 新開地は異国のような距離感で・・
タクシー運転手の父親に ときおり連れて行ってもらう「ご馳走」が 三宮の太平閣だったのです 白い包帯の傷痍軍人がギターを弾いてました もうとおいとおい昔しです そして気がつけば 誰もいません


前の表紙

2024-03-18

3/16 桂あさ吉落語会 in貞光能舞台

 


これは貞光能舞台のかどの「谷矢製餡 戎金鍔(えびすきんつば)」だが 
落語会からのお土産は はじめは金鍔でした だが最近は「さつま芋」の甘く煮たお菓子になっています 今回は 安いので自販機の六番にした これは当り!で かなりの上物でした



桂あさ吉さんの 案内状は 下記のとおりです








開場まえの待ち列で ・・予約してないのだが・・というお二人 通常は参加申込があって了承があって成立と思っていた私は ちょうどでてこられた桂あさ吉さんに尋ねてみたらどうですかと・・・・快く快諾されたとのことでした 観客スペースが厳しい条件なので 予約申し込みは必須条件かなと思いました

道具屋 桂あさ吉の内弟子日記がいよいよ佳境・大詰めにはいり 5月9日に 完読記念落語会が 繁昌亭で行われるようです メンバーは 桂吉弥さん 桂あさ吉さん 桂八十八さん等の 現代の最強メンバーです

米朝さんはその発想や割り切りが興味深く「米朝よもやま噺し」の時代からよくこうした企画のものを聴いてました 晩年米朝さんが言葉がいよいよ少なくなって さいごには番組が終わり・・ところが米朝より先に船頭役の市川さんが先に逝っていまった 運命の舞台の暗転と思わせる凄みさえ感じました 学者のようなと評されれる米朝ですが 私は 古い時代/江戸時代封建時代の合理主義者/思想家じゃないかと思えてしかたがない

桂あさ吉さんの「内弟子日記」でもそうした米朝さんの人となりを彷彿とさせるエピソードを体験できるがのが 貴重な情報でした

時うどん 江戸の時そばスタイルのものでした 従来の二人コンビで展開する時うどんよりはるかに明快なストーリー展開だと思います

抜け雀 はじめに 実際にカゴをかいた体験を話し出す あさ吉さんと桂団朝で上岡龍太郎を運んだことがあったそうです 実際には想像もできないほどの過酷な労働だった とのこと 私は この噺の最後のオチの 親をカゴ舁き/描きにした親不孝とは そのしんどさではなく「身分の低いもの」にしたことじゃないかと思いました


はじまり







中入り